東京高等裁判所 昭和54年(ネ)725号 判決 1980年12月25日
控訴人 有限会社冨士リクリエーション
右代表者代表取締役 石原正男
右訴訟代理人弁護士 加藤雅友
田中重仁
松倉雪夫
被控訴人 佐藤雅子
右訴訟代理人弁護士 飯野仁
石田和雄
主文
原判決中控訴人敗訴部分を左のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し、金三四万円及びこれに対する昭和五二年九月二日以降支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。
本判決主文二項は仮に執行することができる。
事実
控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠関係は、左のとおり附加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目表二行目の「甲一ないし一一号証」を「甲一号証の一ないし四、二ないし一一号証」と改め、六枚目裏四行目の「一〇」を削る。)。
(控訴人の主張)
一 およそ建物の新築、増築のための一連の仕事の中でデザインの仕事を果したといえるためには、その設計にかかるデザインが意匠的に優れているだけでなく、その前提となる機能性、安全性、とりわけ実質的適法性が充足されていなければならない。それを本件工事に即してみると、本件改造にかかる建物の二階部分はもともと住居の用に供せられていたのであるから、喫茶店用に改造するにあたり、どの部分を解体しその解体の後にいかなる構造の造作をするべきかを喫茶店としての機能性と安全性、適合性と意匠性を総合しつつ調査検討し、作図し、法的手続をとり、工務店の作業を監督し、仕事を完成させなければならないのである。右の機能性、安全性と適法性とは相互に密接な関わりがあるが、とりわけ実質的適法性は安全性の必要条件又は最低条件ともいうべく、それを担保するのが建築確認等の手続的適法性である。意匠的に優れていることは喫茶店用建築物として重要な要素ではあるが、それは前述の機能性、安全性、適法性を前提にしてはじめて社会的に意味あるものとして存在し得るものである。
本件工事においてなさねばならぬ調査として、保健所及び消防署に赴き備えるべき条件の調査をすることと、既存建物の構造がいかなるものか床下にもぐるなどして行う調査がある。右の調査結果に則って適法な建築をなすための製図をし、建築確認申請手続を行い、その上で工事人の作業を監理し、仕事の完成に至る。このような一連の仕事中の一部としての製図の中の感覚的意匠的側面がデザインの仕事なのである。
二 しかるに、被控訴人のなした本件仕事は、次のとおり意匠設計の前提たる適法性、安全性を欠いているのであって、このことは本件仕事に対する報酬額を定めるにあたって参酌されるべきである。
1 設計前調査の不存在
被控訴人は、本件製図をなすにあたり、自ら保健所、消防署に赴くことをせず、又然るべき知識を有する人に尋ねることもしなかった。その結果後述の法に適合しない製図をした。
2 実質的な不適法性
(一) 階段
(1) 本件建物の階段には一か所の踊場が必要である(建築基準法施行令二四条)のに、その作図がなされていない。
(2) 本件建物の階段の踏面は二一センチメートル以上必要である(同令二三条)のに、一九センチメートルしかない。
(3) 本件建物の階段の「けあげ」は二二センチメートル以下でなければならない(同令二三条)のに、二四センチメートルもある。
(4) 本件建物の階段の有効巾は七五センチメートル以上必要である(同令二三条)のに、六六・七センチメートルしかない。
(二) 非常照明
本件建物には非常照明が必要であるのに、その作図がなされていない。
(三) 給気口
本件建物はガスコンロを使用するので給気口が必要とされるのに、その作図がなされていない。
(四) 排煙口
本件建物では排煙口が必要である(同令一一六条の二、一二六条)のに作図上おとされており、実際にも存在しない。
(五) 内装制限違反
本件建物は内装制限を受けるにもかかわらず、調理室と客室の境にタレ壁を作る等制限に違反している。
3 手続的不適法性
本件工事については、建築確認を経ることが必要であるのに、被控訴人は、その申請手続をとらず単に手続を工務店にまかせたというのでなく、建築確認が必要かどうかの認識すら有していなかった。
三 被控訴人がいわゆるアルバイトとして本件仕事を行ったとすれば、控訴人に請求し得る報酬額には、仕事の内容を別にしてもおのずから常識的限度があり、工事代金額の一四パーセントを請求するがごときは常軌を逸している。仮に被控訴人が単なるアルバイトとしてではなく本件仕事を行ったとするならば、本件仕事を始める前はもとより仕事の完成に至るまで控訴人にも仲介者の堀田暁にも一切報酬に関する話をせず、突如として日本インテリアデザイナー協会の定める基準による報酬額を請求することは不可解である。
(被控訴人の主張)
一 控訴人の前記主張はすべて争う。
二 被控訴人のなしたいわゆるインテリアデザイナーとしての設計デザイン、監理は、既存構築物の存在を前提にした空間の演出、空間的創造のための設計デザインであり、施工の監理であって、構築物の躯体や主要構造部の設計及び施工の監理にあたる建築士の仕事とはその業務内容及び目的を異にするものであるから、被控訴人のなした本件仕事は、基本的には建築士法三条一項二号及び三条の二の一項に抵触しないし、インテリアデザイナーたる被控訴人は、本件店舗の改装につき建築士法が要求するような設計等をする義務は負っていないのである。
三 インテリアデザイン業務の内容を分類すれば、室内外の美的造型的創作についての企画、設計及び監理ということになる。企画は開発テーマの決定ともいえ、店舗であれば、人の流れ、顧客層の把握、商店街中心地からの位置、他の店舗とのつり合い、前面道路との関係、予算その他を検討協議することであり、これを図面化したものが基本設計(この基本設計は、構築物の躯体の設計を業務とする建築士のそれとは内容、目的を異にすることはいうまでもない。)であり、この基本設計を可視的なものとして具現化し、工事費見積に指針を与えるのが実施設計であり、実施設計に従い、正確に工事ができるよう詳細図を作成するのが詳細設計である(仕上材、構造材、金具等の選定もこの段階で行われる。)。
本件仕事についてこれをみると次のとおりである。即ち、(1)本件店舗改装のテーマは、該店舗を他の都市部に行かなくとも専門のコーヒーが味え、かつ近隣の人々の寄合所の機能を持つものにすることにあり、顧客層は地元の比較的年令の高い層として把握し、前面が銀行であるためその客を誘導できるものであること、コーヒーの味を売物にすることにあった。(2)右のような企画のもとに、基本設計が出来上り、実施設計、詳細設計も途中控訴人の三度にわたる要望で書替が行われた末、その設計図が出来上った。(3)以上の被控訴人のなした企画、設計デザイン並びに監理の仕事の内容は、注文者たる控訴人にとって主観的に充分満足のいくものであったのみならず、客観的にみても業者に要求される水準を保持しているものであった。
四 本件仕事は、請負の一態様であるから、有償が当然の前提であるし、その報酬額の算定については、(1)本件仕事の内容が前記のとおり、注文者の主観的な満足度を満しているのみならず、客観的にも標準に達していること、(2)控訴人も被控訴人の請求額である金一四〇万円の報酬額につき納得したことがあり、必ずしも不当とは思っていなかったこと、(3)本来であれば一回の作業で終るべき設計図面の作成が控訴人の要望により三回にわたって書替えさせられ、通常の四倍の作業量となったこと、(4)各協会の報酬基準は、協会会員の実勢報酬を調査のうえ、監督官庁の指導のもとに決定作成されているものであることなどが充分参酌されるべきである。
(証拠関係)《省略》
理由
一 当裁判所は、被控訴人の本訴請求は後記認容額の限度でその理由があると判断するものであり、その理由は左のとおり附加訂正するほか、原判決の理由冒頭から一〇枚目裏九行目までの説示と同じであるから、これを引用する。
1 原判決六枚目裏九行目から七枚目表一行目「甲七号証」までを、「成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、第二ないし第六号証、第八、第九号証、被控訴本人尋問の結果(原審)によって成立を認める甲第七号証、証人中村圭介の証言によって成立を認める甲第一一号証、証人堀田暁の証言、被控訴本人(原、当審)及び控訴人代表者石原正男の各尋問の結果」と改める。
2 七枚目表二行目の「一二年前頃」を「一四年位前」と、同六行目の「三年になる。」を「現在に至った。」とそれぞれ改める。
3 九枚目表七行目の「原告石原正男」を「被控訴人及び控訴人代表者石原正男」と、同八行目の「苦情が出なかった。」を「苦情が出なかったばかりか、控訴人代表者石原正男は、被控訴人の設計にかかるデザインその他本件仕事の出来映えについては満足していた。」と、同一〇、一一行目の「インテリアデザイナー協会」を「社団法人日本インテリアデザイナー協会」とそれぞれ改める。
4 九枚目裏一〇、一一行目の「認められる。」の次に、「控訴人代表者石原正男の尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく採用できず、他に」と加える。
5 一〇枚目表一行目から同裏九行目までを次のとおり改ある。
以上認定の事実によれば、被控訴人は、控訴人の注文に基づき、本件店舗の改装工事に関して主としてデザインについての企画、設計及び監理をしていたものであり、両者はその仕事に応じて相当額の報酬を授受することを暗黙のうちに合意しながらも、その報酬額を取り決めなかったものということができる。ところで、被控訴人が本件仕事を引受けるに至った経過並びに被控訴人がインテリアデザイナーとして或る程度の経験を有しながらも、独立して営業しているものではないことは、前認定(原判決引用)のとおりであり、これらの事実に被控訴本人尋問の結果(原審)によって認められる、被控訴人が本件の場合と同様、勤務先の本来の仕事とは別にインテリアデザイナーとして他人から報酬を得て仕事をしたことは昭和四九年頃一回あるに過ぎないことなどを考え合せるならば、本件仕事は被控訴人において営業として反覆継続してなしたものとはいい難いが、本件仕事をなすに際し、報酬額の取り決めはなかったけれども、当事者間においてその仕事に応じて相当額の報酬を授受する旨の暗黙の合意があったと認められること前記のとおりであるから、控訴人は被控訴人に対して本件仕事の完成引渡と同時にその報酬として客観的に相当と認められる金員の支払をなすべき義務があるといわなければならない。
そこで、以下に本件仕事に対する相当報酬額について検討する。右相当報酬額は、(1)本件仕事の内容、難易度、被控訴人においてこれに要した労力、時間及び費用、(2)本件仕事の出来映え、(3)被控訴人が本件仕事をなすに至った経緯、並びに(4)一般業者が同種の仕事をした場合における報酬額の実態等諸般の事情を総合勘案してこれを決するのが相当であると解されるところ、右(1)ないし(3)については概ね前認定(原判決引用部分を含む)のとおりである。そして、右(4)についてみるに、特段の資料のない本件においては、本件工事のため控訴人の要した費用額(以下「本件工事費」という。)は訴外株式会社東急百貨店の見積額と同額の金一一六五万四六二〇円であると認められる(なお被控訴人は、本件工事費は金一七〇〇万円である旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う部分があるけれども、右証拠を以ってしては、未だ右主張事実を肯認するに足りない。)ところ、《証拠省略》によれば、本件の場合に類するクラブ、バー、料理店等におけるインテリヤ工事費額一〇〇〇万円程度の工事の場合のインテリアデザイナーの設計監理報酬額については、社団法人日本インテリアデザイナー協会は、大都会地における会員の報酬額の実態調査の結果等に基づいて工事費額の一四パーセント(受託者及びその補助者が委託者の承認を得て事業所より三〇粁以遠に出張する場合には別に定める出張旅費を受ける。)と定め、又社団法人日本店舗設計家協会は、工費料率方式によってこれを算定する場合には工事費額の一三パーセント(風俗営業に属しない飲食店一般の場合には一一パーセント)と定めていることが認められる(他には右認定を左右するに足る証拠はない。)から、本件仕事の場合、一般業者が営業としてこれを行なったときの標準報酬額は概ね工事費の一一ないし一四パーセントであるということができる。以上の諸事情を総合勘案すれば、本件仕事に対する相当報酬額は工事費額の約八パーセントにあたる金九〇万円と認めるのが相当である。
控訴人は、被控訴人は本件仕事をなすにあたり、設計前に当然なすべき保健所、消防署関係の調査をなさず、設計についても法令に適合しない製図をなし、又建築確認の申請手続をとらず、これがため本件仕事は意匠設計の前提たる適法性、安全性を欠いているのであるから、相当報酬額の算定にあたって右の事実が参酌されるべきであると主張するところ、《証拠省略》によれば、被控訴人は、本件仕事をなすに際し、自ら保健所や消防署に出向いて調査することはせず、又工事の開始に際し建築確認の申請手続をとることもしなかったこと、並びに被控訴人が最終的に作成した設計図面には、非常照明や給気口の表示がなく、排煙口についても図面上は配慮されておらず、又階段についても控訴人主張のような建築基準法施行令に違反した設計がなされ、更に本件建物は内装制限を受け調理室と客室との境には下がり壁を設けることが要求されているのにこれを設けなかったことが認められる。
しかしながら、《証拠省略》によれば、一般にインテリアデザイナーが担当する仕事は、室内外の美的造型的創作のための企画、設計、監理であって、構築物の躯体等の設計、監理にあたる建築士の仕事とはその業務内容や目的を異にするものであること、インテリアデザインの目的は、構築物の存在を前提として、店舗であれば、その店舗の商業性を確保、向上させるため、造型、雰囲気等五感作用に訴える状況を創出することにあるから、インテリアデザイナーとしては、建築関係法規に違反した設計をすることの許されないことは勿論であるけれども、その設計をなすにあたり、事前に保健所や消防署に出向いて構築物の安全性や適法性について調査する義務があるとまではいえず、又建築確認申請の手続も現実に工事を実施する工務店等に委ねるのが通例であること、又被控訴人の作成にかかる前記設計図面には前記のとおりの不備がある(もっとも、非常照明は図面に表示されていないけれども、現実には設置されている。)とはいえ、控訴人は現実に改装にかかる本件店舗を当初の計画のとおり使用していて、右不備のため格別損害を蒙った事実のないことが認められる。
右のとおり、本件仕事につき被控訴人に重大な手落ちがあったとすることはできず、又控訴人において何らかの実害を蒙った事実の存在しないこと前記のとおりであり、右事実関係のもとにおいて、本件仕事についての適法性、安全性の欠如を理由として報酬額算定についての参酌を求める控訴人の右主張は相当でないというべきである。
二 以上説示のとおり、本件仕事に対する相当報酬額は金九〇万円と認められるところ、控訴人において右のうち金五六万円を被控訴人に支払ったことは当事者間に争いがないから、その残額は金三四万円となる。従って、被控訴人の本訴請求は、右金三四万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五二年九月二日以降支払ずみに至るまで控訴人にとっての商行為である関係上適用される商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でその理由があるから、これを認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。
よって、これと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条本文、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉田洋一 裁判官 松岡登 裁判官蓑田速夫は差し支えにつき署名捺印をすることができない。裁判長裁判官 杉田洋一)